硫化水素中毒の防止対策とは?発生原因から対処法まで詳しく解説
硫化水素中毒による事故は、作業員の命に関わる重大な事故のため、作業現場で防止すべき事故の1つです。
しかし、「なぜ硫化水素中毒が発生するのか?」「硫化水素中毒を防止する方法がわからない」「具体的な防止対策を教えてほしい」という人も多いのではないでしょうか。
そこで本記事では、硫化水素中毒の防止対策について詳しく解説します。
ほかにも硫化水素中毒が発生するメカニズムや発生原因、発生時の注意点までまとめて紹介します。
ぜひ本記事を最後までお読みいただき、作業現場の安全確保に役立ててください。
目次
硫化水素中毒が発生するメカニズム
はじめに、硫化水素中毒が発生するメカニズムから詳しくみていきましょう。
硫化水素中毒とは?
硫化水素中毒とは、一定濃度以上の硫化水素が、体内に入ることで発生する中毒症状です。
硫化水素には、細胞内にあるチトクロームオキシダーゼに含まれる3価鉄といった酵素と結合し、細胞の呼吸を阻害する働きがあります。
そのため、硫化水素を吸ってしまうと、臭覚の麻痺や流涙などの症状を引き起こすのです。また、硫化水素がさらに体内に入ると、頭痛、吐き気、脱力といった深刻な症状につながり、最悪の場合は呼吸麻痺による死亡に至ります。
このように硫化水素中毒は、致死率が非常に高い危険な中毒症状です。そのため、厚生労働省や労働局といった国家機関が積極的に注意喚起を行い、作業を管轄する企業に対して安全配慮義務を課しています。
なお硫化水素とは、硫黄と水素が結合した化学物質で、以下のような特徴があります。
- ・無色透明で空気よりも重い
- ・卵が腐ったような臭い
- ・水に溶けやすい
温泉地に行ったときに、硫黄の独特な臭いをかいだ経験はありませんでしょうか。あの臭いは、温泉地の空気中に含まれている硫化水素から来ています。
また、硫黄は水に溶けやすいため、目や鼻といった人体の粘膜の水分に溶けて、感覚器官を強く刺激するといった特徴もあります。
硫化水素中毒の数値および症状
硫化水素中毒は、硫化水素の濃度が濃いほど人体にあたえる影響が強くなります。
硫化水素濃度は主に「ppm」といった単位で表されており、50ppmを超えると人の生命に関わる影響をあたえるおそれがあります。
ちなみにppmとは、物質の濃度を示す単位で、1ppmは100万分の1です。私たちが日常的に目にする「%」は100分の1を指している単位ですから、比較すると非常に微細な数値を示していることがわかると思います。
硫化水素濃度と人体にあたえる影響をまとめた表がこちらです。
硫化水素濃度(ppm) | 人体にあたえる影響 |
0.3 | 臭いを感知する |
5~10 | 悪臭を感じる |
20~50 | 目に炎症が起きる |
50~150 | 頭痛、めまい、吐き気が発生する |
150~200 | 悪臭により嗅覚が麻痺し、臭気を感じなくなる |
300 | 亜急性中毒が起こり、意識不明になる |
700~800 | 臭気を感じられずに意識不明となる |
30分で生命の危機になる | |
1,000~2,000 | 失神、けいれん、呼吸停止が起こり死に至る |
参考:環境省|温泉利用施設における硫化水素中毒事故防止のための ガイドライン
硫化水素中毒の発生原因
硫化水素の発生原因はさまざまですが、作業現場で気をつけるべきは、有機物の腐敗や微生物の呼吸によって発生する硫化水素です。
例えば、し尿や汚水といった腐敗しやすいものを入れた「水槽」「ピット」「マンホール」などの内部です。
中身が現在は空になっていても、過去にし尿や汚水といった腐敗しやすいものを入っていれば、硫化水素は発生しやすくなっているでしょう。
また、海水が滞留しやすいまたは滞留したことのある熱交換器、ピット、マンホールなどの内部は、魚介類の腐敗などが進んでいる可能性が高く、硫化水素が発生しやすいです。
他にも、魚かすや生ごみといった有機物の腐敗や汚泥などを攪拌することで起こる化学反応によっても硫化水素が発生します。
実際に、これまでも硫化水素中毒による死亡事故は発生しているのです。
厚生労働省 佐賀労働局の資料によると、工業用汚水管の洗浄および調査の際に硫化水素が発生して、現場で作業していた作業員が被災し1名の方が亡くなっています。
また、汚水タンクに設置された排水ポンプの修理作業中に、硫化水素が発生。タンク内に侵入した方が搬送先の病院で亡くなられました。
参考:厚生労働省 佐賀労働局
また、作業現場では、硫化水素だけでなく酸素欠乏症の発生にも気をつけてください。
硫化水素が発生しやすい現場は、空気中の酸素濃度も低下しやすいため、酸素欠乏症が起こりやすいのです。
酸素欠乏症とは、人が生命活動を維持するために必要な酸素を体内に取り込めないことで発生する、生命に甚大な被害をあたえる症状です。
硫化水素と同じく、酸素も無色透明で目に見えません。空気中の酸素が低下してもすぐに気づけないために、気づいたときには体調不良者が発生しています。
最悪の場合死亡事故にもつながるため、硫化水素中毒と同じく作業現場で防止すべき事故の1つです。
酸素欠乏症の発生原因を確認しましょう。
- ・物の酸化
- ・穀物、野菜、木材などの呼吸
- ・有機物の腐敗や微生物の呼吸
- ・人の呼吸
- ・不活性ガスの流入
- ・冷媒に使用されるガスの滞留
- ・酸素欠乏空気などの噴出
硫化水素中毒の防止対策
硫化水素中毒の防止対策について、厚生労働省が公表している『酸欠・硫化水素中毒の防止について』を基に防止対策を解説します。
酸素欠乏症への対策もあわせて解説しますので、ご確認ください。
危険場所を事前に確認する
魚介類の腐敗が進行している場所、し尿や汚水のある場所は硫化水素の発生が高い危険な場所です。
また、長期間使用されていない井戸、雨水や湧水などが滞留した後の槽といった場所も、酸素量が少なく酸素欠乏症になる危険性が高い場所となります。
作業現場が、硫化水素中毒や酸素欠乏症が発生しやすいかどうかを事前に確認することが事故防止につながります。
硫化水素中毒や酸素欠乏症が発生しやすい現場について、より詳しく知りたい方はこちらの資料を確認にしてください。
厚生労働省 長崎労働局|『酸欠・硫化水素中毒の防止について』
流水素濃度や酸素濃度を測定する
作業を開始する前に、硫化水素濃度と酸素濃度を測定すると作業現場の防止につながります。
厚生労働省が提示している硫化水素濃度と酸素濃度は、以下の通りです。
・硫化水素濃度が10ppm未満
・酸素濃度が18%以上
硫化水素濃度が10ppm以上になると硫化水素中毒の初期症状が発生します。
また酸素濃度が18%未満になると、酸素欠乏症になり生命の維持が困難になります。
人間は通常20.9%の酸素濃度の中で生活しており、18%は人体に悪影響が表れない活動限界といわれているのです。
作業開始前に、硫化水素濃度と酸素濃度を測定して正常値にあることを確かめてから、安全に作業に取りかかりましょう。
換気を実施する
換気の定期的な実施も重要です。
作業場所の外から外気を送風すると、空気中の硫化水素濃度が低下するため、硫化水素中毒の防止になります。
具体的には、作業場所の外側から送風機を使用して、外気を効率的に作業場の内部に送りこみます。
そして換気後は、測定器を用いて硫化水素濃度や酸素濃度が問題のないレベルにあるか確認してください。
厚生労働省の資料にも「十分な換気を行ったうえで、上記の酸素濃度等を測定し、安全を確認」することが推奨されています。
保護具の使用
作業現場の酸素が欠乏しており、換気が困難な場合は、作業員にエアラインマスクまたは空気呼吸器を使用してもらいます。
エアラインマスクは外部より空気を供給して作業員の安全を確保する装置です。空気呼吸器とは、空気ボンベを使用したタイプを指します。
硫化水素が発生している場合はもちろん、発生の危険がある場合も、作業員に呼吸保護具や保護メガネを使用させて事故を未然に防ぎましょう。
監視人などの配置
酸欠危険場所で作業する際は、万が一のために作業場の外側に監視人を配置するよう定められています。
監視人に推奨されている業務は、以下の通りです。
- ・作業の進行状況、換気の状況、保護具の使用状況、作業員の体調の監視
- ・作業員に異常が認められた場合、直ちに作業を中止させて、全ての作業員に退避を命じる
- ・作業員が倒れるなどの異常事態が発生した場合、救急要請する
- ・同時に送風機などを活用して、外気を吹き込み続けるといった対処
異常が発生したときに、すぐ対処できる体制を整えて、作業現場の安全を確保しましょう。
硫化水素中毒が発生したときの注意点
硫化水素中毒が発生したときの主な注意点は、「二次災害発生を防ぐ」「専門家の指示を仰ぐ」の2点です。それぞれみていきましょう。
二次災害発生を防ぐ
硫化水素中毒が発生した現場では、救助に入った人が硫化水素中毒になる「二次災害」が多発しています。
硫化水素は目に見えず、硫化水素濃度が150ppmを超えると臭気も感じられなくなるため、救助に入った人も硫化水素中毒になってしてしまうのです。
二次災害を防ぐためには、自己判断で行動しないことが大切です。
作業中に体調不良者が出た場合、現場の責任者の指示を仰いだり119番で救急連絡したりして、周囲と連携を高めて安全に対処しましょう。
専門家の指示を仰ぐ
硫化水素中毒者への治療は、医師や救急隊員、消防隊員といった専門家に任せる必要があります。
素人の判断で治療してしまうと、硫化水素中毒者の適切な治療につながらないばかりか、状態をさらに悪くしてしまうかもしれません。必ず専門家の指示を最優先にしてください。
また事前に、硫化水素中毒や酸素欠乏者が出たときを想定したマニュアルを作成して現場の作業員に周知しておくと、いざというときの適切な対処につながります。
作業現場の安全には硫化水素中毒の防止対策が必要不可欠
作業現場の安全確保には、事故につながるリスクを把握して防止対策を講じることが重要です。
硫化水素中毒は、体内で静かに中毒症状が進行するため、症状が体に表れるまでなかなか異常に気づけません。
本記事を参考に、硫化水素中毒に対する安全管理を今一度徹底していただき、安全な作業現場を構築してください。