酸欠事故を起こす酸素欠乏症と硫化水素中毒|事故例や予防方法など
酸欠事故を起こす酸素欠乏症・硫化水素中毒は、致死率が高いため非常に危険です。
しかし、酸欠事故は適正な措置を行えば予防することができるのです。
この記事では、酸素欠乏症・硫化水素中毒の症状や後遺症、原因、酸欠事故の発生状況、酸欠事故の予防方法を解説します。
目次
酸素欠乏症とは
酸欠症・窒息とも呼ばれる酸素欠乏症とは、空気中の酸素濃度が18%未満となり、十分な酸素を取り込めないことにより起こる症状のことです。
私たちは21%の酸素濃度の空気を吸い込み、15%の酸素濃度を吐き出しています。
酸素濃度が18%以下では徐々に酸素濃度が薄くなり、酸欠状態、つまり酸素欠乏症となってしまうのです。
では、酸素欠乏症になるとどのような症状が現れるのでしょうか。
また、後遺症が出ることはあるのでしょうか。
順にみていきましょう。
酸素欠乏症の症状
酸素濃度が18%以下になるとさまざまな症状が出始めます。
10%を切ると死亡の危険性が生まれ、6%の酸素濃度では吸い込んだ瞬間に意識を失い即死してしまいます。
酸素欠乏症は死に近いものだということがわかるのではないでしょうか。
具体的な症状は以下の通りです。
酸素濃度 | 症状など |
18% |
安全の限界のため、連続換気や酸素濃度測定、安全帯・呼吸用保護具が必要となる
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12~16% |
集中力の低下、呼吸数や脈拍の増加、単純計算ができなくなる、筋力の低下、頭痛、耳鳴り、吐き気など
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9~14% |
判断力の低下、精神や気分の高まり、怒りっぽくなる、ため息が頻発する、異常な疲労感、酔っぱらい状態、記憶がなくなる、怪我や傷の痛みを感じない、全身が脱力状態、体温上昇、意識が朦朧とする、頭痛、耳鳴り、吐き気、嘔吐
※墜落や溺死の可能性も |
6~10% |
吐き気、嘔吐、自由に動けず叫べない、極度の脱力状態、幻覚を見る、意識がなくなる、眩暈がして倒れる、統合失調症・躁うつ病(双極性障害)・うつ病・自閉スペクトラム症・不安障害などの中枢神経障害、全身の痙攣
※死の危険が生まれる |
6% |
深い吸気後に速い呼気を数回行って起こる失神、眩暈がして倒れる、呼吸が緩やかになる・止まる、痙攣、心停止、死
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酸素欠乏症の後遺症
酸素欠乏症になった後に救出され、命が助かったとしても、後遺症が残る場合があります。
酸素欠乏症後の救出時間が長いほど脳に大きなダメージを与え、後遺症が残る可能性が高まります。
具体的には、言語や運動の障害、視野の悪化、麻痺、幻覚、過去の記憶が部分的またはすべてなくなる健忘症などです。
硫化水素中毒とは
硫化水素とは、腐卵臭がする化学性窒息性ガスのことです。
火山や温泉地帯、半導体洗浄水処理施設、下水処理場、排水処理施設、産業廃棄物処分場所などで多く発生します。
硫化水素の濃度は「ppm」であらわされ、わずか0.0081ppmでも腐卵臭を感じることがあるようです。
10ppmを超えると硫化水素中毒となり、さまざまな症状が発生します。
では、硫化水素中毒になるとどんな症状が現れるのでしょうか。
また、後遺症が残るはあるのでしょうか。
順にみていきましょう。
硫化水素中毒の症状
10ppmを超えると身体に変化が起こる硫化水素中毒には、さまざまな症状が生まれます。
具体的な症状は以下の通りです。
硫化水素濃度 | 嗅覚に起こる作用・反応 | 呼吸器に起こる作用・反応 | 眼に起こる作用・反応 |
脳神経に起こる作用・反応
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0.008ppm |
腐卵臭を感じる人が出てくる
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0.3~5ppm |
誰でも腐卵臭を感知し、不快に感じる
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10ppm |
粘膜への刺激が限界に達する
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20~30ppm | 腐卵臭に慣れる嗅覚疲労となり、それ以上の濃度となっても強さを感じなくなる |
肺への刺激が限界に達する
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50ppm |
結膜炎やかゆみ、痛み、視野のゆがみ・かすみ、充血、角膜破壊、角膜剥離が発生する。まぶしさや眼に砂が入ったように感じる
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100~300ppm | 嗅覚神経の麻痺が起き、腐卵臭は減少したと感じる | 8~48時間その状態にさらされる(ばく露)と、気管支炎や肺炎、肺水腫による窒息死が発生する | ||
170~300ppm | 気道粘膜に強い痛みを感じる、1時間以内のばく露であれば重篤症状には至らない | |||
350~400ppm |
1時間のばく露で命に危険がある
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600ppm |
30分のばく露で命に危険がある
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700ppm | 呼吸麻痺 | |||
800~900ppm | 意識を失う、呼吸停止、死亡 | |||
1,000ppm | 眩暈がして倒れる、呼吸停止、死亡 | |||
5,000ppm | 即死 |
硫化水素中毒の後遺症
硫化水素中毒になり、救出されたとしても脳神経細胞の破壊により、後遺症が残ることがあります。
脳神経の異常でかかる病気は、片頭痛や脳梗塞、アルツハイマー病、パーキンソン病、てんかん、脳炎、多発性硬化症などさまざまです。
酸素欠乏症・硫化水素中毒が起こる原因
死の危険がある酸素欠乏症や硫化水素中毒の発生には、以下の原因が考えられます。
- ・酸素濃度や硫化水素濃度の測定未実施・不足
- ・換気の未実施・不足
- ・空気呼吸器などを使わなかった
- ・安全帯などを使わなかった
- ・ガスが流れ入るのを遮断しなかった
- ・配管の区分が不十分であった
平成10年~19年に起こった酸素欠乏症の発生289件のうち、94件が濃度測定を怠ったことによるものでした。
また、酸欠事故の管理上の問題点としては、以下が挙げられます。
- ・作業主任者を選んでいない
- ・特別教育を行っていない
- ・作業標準を徹底していない
- ・安全衛生教育を十分に行っていない
- ・連絡調整体制に不備があった
- ・立ち入り禁止措置を十分に行っていない
- ・安全衛生管理体制を十分に行っていない
- ・作業主任者職務を行っていない
上から順に事故の問題点としてあげられた数が多くなっています。
参考:産業医科大学 産業生態科学研究所 作業関連疾患予防学研究室 非常勤助教 岩崎明夫「酸素欠乏症とその対策」
【最新】2021年までの酸素欠乏症・硫化水素中毒の発生状況
労災事故の死傷者は年間12万人、死亡率は約1%だと言われています。
その中で、酸欠事故に焦点を当てると、年間約10人が死傷しており、死亡率は50%にのぼります。
また、酸素欠乏症では3人が被災しており、そのうち2人が死亡。
硫化水素中毒では6人が被災しており、そのうち2人が死亡しているそうです。
では、具体的にどのような事故が発生しているのでしょうか。
2021年までの酸素欠乏症・硫化水素中毒の発生状況をまとめました。
地下ピット内での酸欠事故
鉄筋のテナントビル新築工事で起こった事故です。
コンクリートを打設し終わった地下ピット内の雨水排出のためにピット内に作業員1人が入ったところ、酸素欠乏症により倒れました。
作業員を助けようと地下ピット内に入った3人の作業員も倒れ、4名が被災することとなりました。
事故原因は、雨水の滞留により発生した酸化反応により、酸素が欠乏したことです。
また、測定器具を備え付けなかったり、呼吸用保護具の着用を行わずに救おうとしたことも原因の一つだと考えられています。
被災した4人は全員救出されましたが、20日程度の休業をすることとなったようです。
しょう油原液貯蔵タンク内での酸欠死亡事故
しょう油原液貯蔵タンク内では死亡事故が発生しています。
しょう油原液貯蔵タンク内を清掃しようとタンク内に入った作業員が酸素欠乏症となり意識不明の状態、助けに入った事業主も酸素欠乏症となり死亡しました。
事故の原因は、酸素濃度測定を実施しなかったこと、そして換気を行わなかったことです。
また、救出のために必要装具を装着せずに慌ててタンク内に入ったことも原因です。
さらに今回の事故は、酸素欠乏危険作業主任者である事業主が、災害防止のための職務を実施していなかったことも原因だと考えられています。
電子部品工場での酸欠死亡事故
電子部品工場の焼却炉でも事故が発生しています。
焼却炉の点検をしていた作業員2人が倒れているのが見つかり、死亡が確認されたとのことです。
事故原因は調査中とのことですが、見つかった焼却炉内は酸欠状態だったそう。
酸欠事故の予防方法
紹介した3つの事故だけでなく、2021年まで多くの事故が発生しています。
では、どのように予防すればいいのでしょうか。
予防方法は以下の通りです。
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・酸素欠乏の危険がある場所を事前に確認する
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・立ち入り禁止の看板を立てる
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・酸欠事故に関する教育を行う
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・作業主任者を選任する
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・作業前に酸素濃度計を使用し、測定する
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・継続的な換気を行う
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・保護具を使用する
では、順にみていきましょう。
酸素欠乏の危険がある場所を事前に確認する
マンホールやタンク、ピット、井戸、たて抗などの中で作業する場合は、酸素欠乏危険場所に該当するのかを確認しておく必要があります。
また、作業中に以下が起きる可能性がないか事前に確認します。
- 酸素の欠乏が起きる可能性がある
- 硫化水素の発生・漏洩・流入の可能性がある
立ち入り禁止の看板を立てる
看板がなければ、安全な場所だと判断し立ち入ってしまうことがあります。
そのため、酸素欠乏危険場所に立ち入る恐れのないよう、目につく場所に立ち入り禁止の看板をたておきましょう。
酸欠事故に関する教育を行う
酸素欠乏危険場所で作業する人には、酸素欠乏症や硫化水素中毒によって起きる酸欠事故に関する教育を行う必要があります。
予防方法をしっかり指導し、酸欠事故が起きないようにしましょう。
作業主任者を選任する
酸素欠乏危険場所で作業する場合には、必ず作業主任者を選ばなければなりません。
また、選任された人は作業指揮などの定められた職務を行います。
作業前に酸素濃度計を使用し、測定する
作業開始前には、酸素濃度と硫化水素濃度を測定します。
測定者には安全確保のために措置をとらなければなりません。
継続的な換気を行う
作業場所は、酸素濃度18%以上、硫化水素濃度10ppm以下になるよう、継続的な換気を行いましょう。
また、換気の際には硫化水素の漏洩や流入がないように注意しなければなりません。
保護具を使用する
換気が難しい場合や換気をしても酸素濃度18%以上・硫化水素濃度10ppm以下にならない時は、呼吸用保護具を使用します。
作業員全員分の保護具を用意する必要があります。
二次災害の防止も重要
作業員が作業場所で倒れた時、外部にいる方は焦りと救出したい気持ちにより、無防備な姿で助けに行き、被害が拡大してしまうことが多くあります。
災害が発生した際には、救助者は必ず保護具を装着しましょう。
また、墜落の恐れがある時には安全帯を装備します。
救助活動を単独で行うのは危険ですので、保護具・安全帯をつけた監視者を配置するようにしてください。
まとめ:現場管理には酸素濃度計を使用し、酸欠事故を予防しよう
酸欠事故は、製造業や建設業、清掃業で多く発生しています。
これら以外にも、運輸交通業や貨物取扱業、農林水産業、商業、金融業、接客娯楽業などさまざまな場所で起きています。
酸素欠乏症や硫化水素中毒は死につながることもあるため、酸素濃度計を使用し、酸欠事故を予防しましょう。